南海トラフ巨大地震に遭遇したと仮定して、
どのような影響(被害)を受けるかをイメージしてください。
地震の発生する日時、地震発生時にいた場所については、
自由に設定してOKです。
周囲の様子や地震後の行動について、場所、時刻などを具体的に記述してください。
(例)
4月29日(火)12時30分。昭和の日ですが授業日です。学食でスエヒロステーキを一切れ食べたところで、スマホが鳴動しました。緊急地震速報です。10秒くらいしてから揺れがはじまりました。大きい揺れでしたが恐怖を感じるほどではありませんでした。一緒に食事をしていたAくんが、「種月館は免震構造だからね」と言ったので納得しました。電気は一瞬消えたものの停電は発生しませんでした。調理場で火災が発生している様子はなかったものの、うどん屋さんでやけどをした人がいたようです。

ネットはつながりにくい状況でしたが、Aくんがスマホ調べたところ「東海沖を震源とするM8.4、静岡震度7、大津波警報」ということでした。「とりあえず飯を食おう。後で食えなくなるかもしれないから...」と食事を急ぎました。まもなく学内放送が流れました。「安全な場所に避難、避難にエレベーターは使うな、被害状況は調査中」とのことでした。「安全な場所ってどこよ?」とAくんは言いました。「ここ(種月館)は、火事がなければ安全かもね」と言いました。

地震発生から10分が経過した12時40分頃、地理学科のBさん、Cくんが合流しました。図書館では本棚から本が落ちてきたそうです。また、コンビニはものすごい行列で、食糧はほとんど売り切れてしまったようです。学内の様子を見に行ったところ、種月館は大丈夫でしたが、7号館ではガラスが割れて怪我をし、保健管理センターで応急処置を受けている人がいるようです。12時50分頃に学内放送があり、「十数名のけが人が出ているが、建物に大きな被害はないこと、広域避難場所は駒沢公園であること」などが伝えられました。

正門前にはたくさんの人が駒沢公園に避難する様子が見えました。アパートは深沢にあり20分程度で家に帰れるのですが、種月館9階から眺めると、火災が発生しているらしく煙が複数立ち昇っている様子がわかりました。消防活動は行われているのでしょうか。とても不安になりました。私の気持ちを察したAくんが「落ち着け、今動く方が危ないぞ」と言ってくれたので、平静をとりもどすことができました。実家は横須賀ですが「家族全員高台に避難した」とのLINEが入りました。「駒大の安全な場所に待機中」と返しましたが、なかなか既読にはなりませんでした。通信は不安定のようです。

13時頃の状況ですが、首都圏の鉄道は全線運転見合わせで、高速道路も通行止め、一般道も大渋滞、歩道も人であふれていました。学内放送によると、学内にとどまって良いということだったので、私とAくん、Bさん、Cくんの4人は、相談の上、今夜は大学に宿泊することにしました。備蓄倉庫前で、水、ビスケット、レトルト食品、毛布が配られました。地理学科のメンバーは集まろうということになり、種月館2階の床に毛布を敷いて寝ることにしました。地理学科主任の先生が安否確認をしていました。