DATE:2019.07.25研究レポート
研究こぼれ話『中世インドの料理本』
仏教学部 加納 和雄 准教授
- 仏教学部 加納 和雄 准教授
私は普段、サンスクリット語(古代インド語)で書かれた仏典の研究をしています。あるとき、サンスクリット語で書かれたカレー(インド料理)のレシピ本が存在することを知り、最近では専もっぱらそれを研究しています。まず原文を翻訳し、食材を同定して、レシピを再現します。そして最後には、プロのインド料理人にご協力いただき、料理を再現します。その様子は、本の中にも書かせていただきました(井坂?山根編『食から描くインド』、春風社、2019年)。そのレシピの名前は『料理の鏡』。中世の南インドの宮廷料理本です。総菜から甘味に至るまで実に様々なレシピが収録されています。
インド料理というと、一般には、ピリリと辛いイメージだと思います。ところが本書には辛さのもとになる赤トウガラシが一切でてきません。実は赤トウガラシは、コロンブスがアメリカ大陸から持ち帰ってくるよりも前には、ヨーロッパでもアジアでも使われていませんでした。つまり16世紀以前のインド料理に、赤トウガラシは入ってなかったのです。そして『料理の鏡』は、そのような失われたインド料理を文字に残した、貴重な料理本であることがわかりました。もちろん赤トウガラシがなくても、インドには昔から独自の香辛料文化が根付いていて、そのレシピ本の料理は、味に奥行きのある優れたものです。その中で使用される20種類以上の香辛料は、今でもインド料理には欠かせません。いずれ、インド食文化の原風景の一場面を忠実に伝えるこの料理本を、一般家庭でも使えるレシピ本として世に出せればと思っています。
※ 本コラムは『学園通信338号』(2019年7月発行)に掲載しています。掲載内容は発行当時のものです。