【対談】桑田禮彰名誉教授×フレンチレストランオーナーシェフ田中郷介さん
桑田 禮彰 名誉教授×フレンチレストランオーナーシェフ 田中 郷介 さん
勇気を持ってドアを叩いたから、この繋がりがある。
外国語科目のフランス語の授業をきっかけに「心の出会いを得た」という桑田禮彰名誉教授と田中郷介さん。今も適度な距離感の繋がりを楽しむ二人に、駒澤大学での出会いや食文化に対する考え方などを語っていただきました。
フランスを知る先生の研究室をすがるような思いでノックした
桑田名誉教授(以下 桑田) 約20年も前だけど、田中さんが初めて研究室へ来てくれた時のことを覚えています。照れながら、でも積極的でしたね。
田中シェフ(以下 田中) 1年生でしたし、めちゃくちゃ緊張してました。ノックするまで研究室の前を行ったり来たりしていたんです。
桑田 え、そうは見えなかったな。フランスのことを貪欲に聞きたがっていたじゃない。
田中 初めて目の前に現れた"本物のフランスを知っている人"が先生だったんです。外国語科目のフランス語の授業で先生は、立ち居振る舞いもまさにフランス人で、話も魅力的でカッコよかった。そんな先生に、すがるような思いでノックしたんです。「桑田先生に聞かないとフランスへの道が開かれない!」と思って。
桑田 確か私が学生時代に初めてフランスに行った話から始めたんじゃないかな。「最初のフランスはやっぱり特別なんだよ」ってね。
田中 そうです、「全部逃すな」って言われました。「飛行機を降りた瞬間の匂いから、見られる限りのものを見て、目一杯フランスを吸収してきなさい」と。さらに「フランスでトラブルがあったら私に電話しなさい」と言ってくださいました。初対面の1年生にですよ、本当に嬉しかったです。
ダイバーシティが体現された場で多くの出会いが生まれ深められる
桑田 田中さんだけじゃないけど、そこまで積極的な学生はいつまでも記憶に残るものだよ。その中でも田中さんはピカイチだけどね。
田中 持ち上げ過ぎですよ、先生。ワイン飲んでから来たんですか?
桑田 あ、ワインを一緒に飲んだこともあったね。確か大学の正門脇の洋食屋「ROMAN」(2014年閉店)で。
田中 はい、短期留学から帰国して少ししてから、長期留学へ行く前でした。先生の研究室を訪れた日がボジョレ?ヌヴォの解禁日で、「飲みに行きましょう」って誘っていただいて。生まれて初めてボジョレ?ヌヴォを飲んだ忘れられない日です。
桑田 ところで料理人に憧れていたのに、なぜ駒澤大学の法学部政治学科に入学したの?
田中 中学生の頃から料理人になりたいと思っていましたが、フランスやフレンチに関する情報が薄くて、何も知らない自分が「料理人になる」と言える自信がなかったんだと思います。高校時代に公民や歴史が好きで、そのジャンルを深く学びたいと思って政治学科を選んだのかな。
桑田 そうだったのか。でも、私もフランス哲学を専門にしているけど、大学は経済学部だったからね。
田中 そうだったんですか?
桑田 実はね。学生時代「経済学がどうも自分に合わないな...」と感じていた時にジャン=ポール?サルトルの代表作『存在と無』に心を奪われ、「やりたいのは哲学だ」と確信してね。そして、経済学部にいながら、哲学を専門的に指導してくれた恩師に出会えたことが大きかったんだと思う。
田中 先生も恩師との出会いがあったんですね。
桑田 うん、やはり大学では田中さんと私のような、「専門」を超えた出会いや繋がりが大切なんだ。その意味で駒澤大学は優れた出会いの場を学生に提供していると思う。なぜならワンキャンパスに多種多様な学部学科の学生や教員がいるからね。「専門」の枠を超えた出会いこそが、多様な問題関心が渾然一体となったカオスを作り、そこから醸成される文化的エネルギーが大学における本当のダイバーシティを生み出すんです。だから個性的な人たちとの豊かな出会いに恵まれるわけでしょう。
田中 確かに、色々な学部の人に出会いました。
先生の「おいしい」という一言 思い描いていた夢がかなった日
桑田 それからもう一つ、個人的に駒澤大学の好きなところは人間関係がさらっとしているところ。田中さんとの繋がりもそうだけど、卒業してから20年余で10回も会っていないよね。でも今みたいに、久しぶりに会ってもたちまち昔に戻れるし、深い話だってできる。この適度な距離感が駒澤大学っぽくて好きなんだ。
田中 僕もそれは同意しますし、先生とも良い距離感だと思っています。だからこそ卒業以来の再会で、4年前に先生が、当時僕が勤務していたビストロに「フラッと」来てくれた時は感激しました。
桑田 教員仲間から「桑田先生にお世話になったというシェフがいる」と聞いて。そりゃあ、食べに行かなきゃいかんでしょ。
田中 突然でびっくりしましたけど。
桑田 私もびっくりしたよ、立派なシェフになっちゃってて。
田中 僕は「いつか先生に自分の料理を食べていただきたい」という思いを持って仕事をしていました。桑田先生との出会いが"原点"で、先生にきっかけをいただいた道なので、恩返しができるとしたら自分が作った料理をプロとしてお出しすることだろうと。でも、思いがけず目の前に先生が現れたので、ドラマのクライマックスのようにしびれましたね。「おいしい」と言ってもらえたことが、やっぱり一番嬉しかったですし、「この仕事をやっていて良かった」と思った瞬間でした。
桑田 私も感動しました。「教師冥利に尽きる」って、こういうことかなと。
田中 それは言い過ぎですよ、先生。
桑田 いや、言い過ぎじゃない。田中さんを「本物のプロだ」と感じたんだよ。それは何かって言うとね、食文化は文化の原点だから非常に大事なものなんだけど、その核を田中さんはしっかり掴んでいる印象を受けた。それが料理に投影されているような気がして、感動したんだよ。
田中 だいぶ持ち上げられてしまいました。でも先生がおっしゃる通りで、一流を目指す料理人はみんな、食材を生み出す生産者から始まる背景とストーリーを食文化の核として捉えていると思います。生産者はゼロから1を生み出し、ものすごいエネルギーが必要です。だから生産者へのリスペクトは絶対欠かせない。僕たちはゼロから1を生み出すことはできないけれど、生産者の努力と成果をお客様に伝えることができると思うし、それが僕たちの責務だと思います。
桑田 その思考が料理を通して響くから、より感動するんだろうね。
田中 あ、でも情報や思考を食べてもらうわけではないので、先生が「おいしかった、楽しかったよ」って帰ってくれたら、僕にとっては100点です。
一歩を踏み出すことができたから心の出会いは繋がっていく
桑田 さっき田中さんが私との出会いを「この道に進んだ原点」と言ってくれたんだけど、学生が求めている時にタイミング良く必要な知識や情報を提示できることが教師の大事な役目だと思っていて。大好きな言葉の一つに「啐啄(そったく)の機」という禅語があってね。「啐」は卵の中の雛鳥が「外へ出たい」と内側から殻を叩くこと、「啄」は雛鳥が殻を叩く音に気づいた親鳥が、「来た!」と、殻の外側から叩くこと。親鳥と雛鳥がタイミング良く叩いて殻が破れ雛鳥が誕生するという、大事な師弟関係を表した言葉なんだ。教師は、学生が「外に出たい」という音に気付かなくてはダメだし、逆に早く殻を叩いてしまってもダメということ。
田中 僕は先生との出会いのタイミングがバッチリだった。
桑田 そう、研究室のドアをコツコツと叩いてくれたからね。実は教師っていうのは"待ち"の仕事なんです。だから学生には積極的にドアを叩いてほしい。
田中 同じことを後輩に言いたいです。「そんなに怖がんなくていいんじゃない」って。これは先生の研究室のドアをノックするかどうか迷っていた自分に言いたかった言葉ですね。やりたいことが見つかったら、勇気を出して一歩を踏み出してほしいです。
桑田 「駒澤大学は出会いの環境が整っているから、踏み出したら必ずタイミングの良い出会いが待っていますよ」というのが、実際に心の出会いに恵まれた私たちからのメッセージですね。
- 桑田 禮彰 名誉教授
- 専門はフランス思想?哲学。1988年より駒澤大学で教鞭を執る。2013-2017年 駒澤大学副学長?学校法人駒澤大学執行理事。著書に『議論と翻訳-明治維新期における知的環境の構築-』(新評論刊)、著訳書『フーコーの系譜学』(講談社刊)、『新時代人―フランス現代文化史メモワール』(新評論刊)などがある。
- フレンチレストラン haru オーナーシェフ 田中 郷介 さん
- 駒澤大学高等学校、駒澤大学 法学部政治学科 卒業。在学中にフランスへ短期と長期の2回留学をする。会社員を経て、調理師専門学校で調理技術を身に付け渡仏。留学での語学力を活かし、フランスの三ツ星レストランで研修。帰国後は著名レストラン等で腕を磨き、2019年 自店「haru」をオープン。
※ 本インタビューは『Link Vol.11』(2021年7月発行)に掲載しています。掲載内容は発行当時のものです。