ビッケ?ニルス?ムーミンの話

2018年1月に行われた大学入試センター試験「地理B」では、北欧を舞台としたアニメ作品を絡めた出題がありました。
試験後、受験生とみられるツイートが反響を呼び、テレビや新聞で報道されるようになると、さらに話題が沸騰しました。
大学の研究室が見解を発表したり、国会で取り上げられるなど、ちょっとした騒動となりました。
在日フィンランド大使館、在日スウェーデン大使館も、ツイッターで作者についての簡単なコメントを出したり、
フィンランドの新聞でも日本の騒動が取り上げられたそうです。

北欧アニメ3作品(下表参照)のうち、直接出題に関連するのは、「小さなバイキングビッケ」と「ムーミン」でしたが、
ツイッター上のつぶやきを概観すると、多くの発言がより知名度が高い「ムーミン」に集中していたようです。
ツイッターでは、発言を楽しむ参加者が多く、実際に問題を解いてみての意見は少数だったとみられます。
ネット記事でも「ムーミンの出身地はフィンランド!?」という、注目を集めやすい見出しがありました。
ムーミンの出身地を問う問題ではなかったはずですが....

大学入試センター試験「地理B」より、話題となった部分

この問題が良問であるか、悪問であるかは、その人の持つ地理的知識によって変わってくる可能性があります。
また、受験生、高校地理教師、予備校地理教師、大学地理教員、立場によって意見は違うかもしれません。
なお、工夫された問題であることは確かだと思います。
教科書に書いてないことが出題に絡んだので、困惑した受験生もいたかもしれません。

生徒が興味を持つように、アニメの題材を地図化した高校の地理教師がいたようです。
地図資料(各国を舞台としたアニメ作品)

匿名ツイッターの情報ですので、事実関係は不明です。資料は良くできています。

北欧アニメ3作品の概要 

  小さなバイキングビッケ ニルスのふしぎな旅 ムーミン
  暴力嫌いなビッケが、荒くれ者との航海で、
知恵と勇気で難題を解決していく
トムテ(妖精)の魔法で小人となったニルスが
ガチョウに乗って旅に出る
ムーミン谷では春夏秋冬の四季の中で
ふしぎな出来事が起こる。主人公はムーミン
原作 Vicke Viking Nils Holgerssons underbara
resa genom Sverige
Mumin
1963年 1906年~1907年 1946年~
(スウェーデン語) (スウェーデン語) (スウェーデン語)
作者 ルーネル?ヨンソン セルマ?ラーゲルレーヴ トーベ?ヤンソン
Runer Jonsson Selma Ottilia Lovisa Lagerl?F Tove Marika Jansson
1916~2006年 1858年~1940年 1914年~2001年
(スウェーデン人) (スウェーデン人) (フィンランド人)
作者の職業 児童文学作家 師範学校教師 画家?小説家
ジャーナリスト 児童文学作家 児童文学作家
テレビ放送 フジテレビ NHK総合テレビ/東京MX フジテレビ/テレビ東京
放送期間 1974年~1975年 1980年~1981年 1969年~1970年
2014~2015年 1972年、1990年
主人公 ビッケ(少年) ニルス(少年) ムーミン(トロール)
主役の本拠 フラーケ村(架空) スウェーデン?スコーネ地方 ムーミン谷(架空)
受賞 ドイツ語版が 『エルサレム』がノーベル文学賞受賞(1909年) 「国際アンデルセン賞作家賞」受賞
「ドイツ児童文学賞」を受賞(1965年) *スウェーデン初?女性初 (1966年)
影響 尾田栄一郎『ONE PIECE』の
モチーフになった
オランダの地図製作会社Tele Atlas
ロゴになる。2008年にTOMTOMに買収され、
GoogleMapと提携。
ムーミン美術館
(タンペレ/フィンランド)

ムーミン谷はフィンランドではなく、皆さんの心の中に!

ビッケのいるフラーケ村はノルウェーではなく、皆さんの心の中に!

確かにそうなのですが....こんな広告もありました。

*なお、「ムーミン谷は飯能にある」との意見もあります。(ムーミンバレーパーク) (飯能市あけぼの子ども公園

(英語のバレーではなくて、フィンランド語のラクソとすれば良かったのに)

オスロ?ストックホルム?ヘルシンキの街並み写真

ヴァイキングについて

 ヴァイキング(Viking)の”vik”は、古い北欧の言葉(古ノルド語)で、「入り江」という意味です。”vik”が語尾についている地名として、レイキャビク(Raykjavik、アイスランドの首都)、ナルビク(Narvik、ノルウェーの港町、スウェーデン?キルナ鉱山の冬の積出港)などがありますね。
 
 GoogleEarthで北欧をくまなく眺めてみると、地名接尾語vikがついた地名は、ノルウェーやスウェーデンに多数あります。
フィヨルドの湾奥に位置する場合もありましたが、フィヨルド内の海辺の例が多かったように思います。
もしかしたら規模の大きな入り江を(フィヨルド、fjord)、付随する小さな入り江を(ヴィーク、vik)と使い分けるのかもしれません。

Vikを含む地名数(viken、vika、wickを含む)  苦労の末作成したkmlファイル (見落としがあるかもしれない) vik地名の分布図

バフィン島
(カナダ)
グリーンランド
(デンマーク自治領)
アイスランド フェロー諸島
(デンマーク自治領)
シェトランド諸島他
(イギリス)
9か所 3か所 9か所 7か所 -wickが20か所
ノルウェー スウェーデン オーランド諸島
(フィンランド)
フィンランド本土 ウクライナ他
75か所 81か所 7か所 7か所 -vkaが70か所以上

大多数が海辺ですが、内陸の湖畔の例がスウェーデンに4例ありました。フィンランドには、スウェーデン語が公用語となっているオーランド諸島に7例、フィンランド本土に7例ありました。なお、フィンランドでは、フィンランド語の地名表記と併記されているところもありました。



 ヴァイキングは”入り江の民”という意味で、スカンジナビア半島を根拠地とした北方ゲルマン人です。武装船団を伴って、北海沿岸やバルト海で、交易を行っていました(8世紀末より)。現在のイギリスやオランダ、ドイツの沿岸では、時として略奪に遭うことがあり、海賊として恐れられていました。


 
 フィヨルドの集落では、平坦地が少なく、農産物の生産にも限度があります。スカンジナビアは、緯度のわりに温暖とはいえ、天候不順に見舞われば不作になったこともあったでしょう。入り江の民が海賊化するのも想像ができます。ちなみに日本でも志摩半島を根城にした九鬼水軍がいました。こちらはリアス海岸が根拠地でした。.



 そのヴァイキングの末裔がノルマン人(捉え方によっては同義)となりますが、現在のフランスのノルマンジー半島に領地をもらい、イギリスを征服したり(ノルマンコンクエスト)、バルト海からロシアに進出したり(ルーシ:船を漕ぐ人の意)、武力が認められてイタリア南部に支配権を確立したりしました。世界史で習うところです。黒海?アゾフ海北岸やドニエプル川流域に、-vka地名が多数あります。キリル文字では-Bkaとなります。ノルマン人の活動地域なのでvikが起源なのかもしれませんが、本来の「入り江」の意味が失われ、「村」という意味に変化しているのかもしれません(調査中)。 



 ヴァイキングの活動について、海賊なのか、交易がメインだったのか、色々と議論があるようです。歴史を北欧からみるか、西欧?東欧からみるかによって微妙に変わってくるものと思います。ルーネル?ヨンソンは、乱暴が嫌いな細身の少年を主人公「ビッケ」にして、知恵をめぐらせることで難問を解決してくストリーに仕立てあげました。ヴァイキングのマイナスイメージを払拭しようとしたのでしょうか。

トムテとトロールについて

 「ニルスのふしぎな旅」には、トムテ(tomtar、妖精)が登場します。ノルウェーとデンマークではニッセ(nisse)、フィンランドではトントゥ(tonttu)と呼ばれます。農家の納屋や馬小屋に潜んでいて、人間の前にはめったに現れません。小人で耳はとがり、ひげをはやして、赤い帽子をかぶっているとされます。気難しい性格ですが、農家の守護神です。大切に扱わないと、暴れたり、出て行ってしまいます。日本でいえば、岩手?遠野の「座敷わらし」に近いでしょうか。ニルスはトムテを虫網で捕まえたことで、トムテの怒りを買い、魔法で小人にされました。



 トロール(troll)も北欧に伝わる妖精です。トーベ?ヤンソンは、トロールにヒントを得て、ムーミンのキャラクターを考えたようです。トロールは妖精とはいえ、毛むくじゃらで、醜悪な容姿で、性格も乱暴です。巨人とされる地方もありますが、スウェーデンやフィンランドでは、小人として伝わっています。スウェーデンのトロールは、気に入った人間には富と幸運をもたらし、気に入らない人間には悪事を働きます。太陽にあたると石になってしまうので、夜に活動します。ジブリアニメの「となりのトトロ」に登場するトトロもトロールの一種でしょうか。ディズニーアニメ「アナと雪の女王」にも登場します。キリスト教社会では、妖精は邪悪なもので幸運をもたらすような解釈が北欧に残っていることが興味深いですね。



 小人の民間伝承としては、日本でもアイヌのコロポックルなどがあります。ドイツのグリム童話の「ドワーフ(7人のこびと)」、原作はイギリスのジブリ映画「借りぐらしのアリエッティ」も小人の話ですね。


 北欧の言語環境について

センター試験「地理B」の出題は、

ムーミンの出身地を問うものではなくて、

北欧の言語環境を問うものでした。
(勘違いしている人が多いですね)

スウェーデン語、デンマーク語、ノルウェー語(ブークモール)は近い言語で、意思疎通もできるそうです。

ノルウェーには、他にニーノシュク(新ノルウェー語)があり、古ノルド語の特徴を残し、むしろアイスランド語に近いそうです。

これらは、北ゲルマン語群に分類され、言語的には親戚です。

一方、フィンランド語は、インド?ヨーロッパ語族ではなく、ウラル語族に分類されます。スウェーデン語とフィンランド語はまるで違う言語で意思の疎通は不可能です。

フィンランド語が印欧語族でないことは、入試では良く出題されます。
地理学科の皆さんはご存知でしょう。

ハンガリーのマジャル語
スペインのバスク語も
良く出題されます。


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