平成26年度 9月学位記授与式(卒業式) 学長式辞
駒澤大学の卒業生の皆さん、ようやくさわやかになってきました秋のよき日に、ご卒業なされますこと、心よりお祝い申し上げます。
最高学府駒澤大学の学びの期間は、皆さんの人生にとりまして、かけがえのないものになったことでしょう。
皆さんが、今日の卒業式を迎えるまでにはさまざまな困難がおありでしたでしょう。それを乗り越えてのご卒業に敬意を表します。そのような意味でも、この卒業式はとても意義深いものであります。
また、学生の皆さんのご努力もさることながら、保護者の皆様方におかれましても、今日を迎えられるまでのご労苦はいかばかりであられたかを拝察申し上げ、心より御慶び申し上げます。
皆さんは、在学中、勉学?学習に、あるいは課外活動にと、充実したものであったでしょう。また、忙しくも、短くも感じた四年間であったでしょう。それこそ、様々であり、感慨ひとしおであろうかと思います。
在学中の、2011年3月11日、東日本大震災が起こり、原発事故が起こりました。一日も早い復興の日がまいりますことをお祈りしたいと思います。ただ、復興が成就するにはかなりの年月がかかります。それは、戦後日本の復興事業以来の大事業であります。私たち全員が様々な形で協力して行かなければなりません。そのためにも、皆さんは、まず、復興復旧に協力しながらも自分の道をしっかりと固め、社会貢献を果たしうる力をたくわえなければなりません。最近の集中豪雨、土砂崩れの復興協力に対しましても同様です。
さらに、皆さんを迎える社会は混迷を深めています。グローバル化に伴い、伝統社会は揺らぎ、変化し、経済環境?雇用情勢が厳しさを増し、国際紛争が頻発し、多くの国で社会不安が拡大しております。
我が国でも少子高齢化に伴う社会活力の低下や経済格差、社会的格差、地域格差が叫ばれ、先にも触れましたように、大震災の傷跡は未だ癒える様相を見せていません。
このような中で、日本の将来を担う大学卒業生、すなわち、皆さんへの期待は高まるばかりです。しかも、基礎的学力を求める一方で、即戦力も備えていることが要求されるという厳しい状況になってきております。それだけ、社会に余裕がなくなっているのも事実であります。
皆さんは、即戦力を身につけながら、基礎的なことも学び、幾つかのスキルを獲得したりすることも求められます。つまり、卒業後もアクティブな「学び」の努力が求められているのです。
これから、卒業されていく門出の皆さんに、なぜ、このような厳しい状況を述べるのかと申しますと、それは、厳しい社会の中でも、皆さんは立派に社会に貢献してゆけると確信しているからです。それは、長い本学の伝統を引き継ぎ、建学の理念に基づいた教育を受け、生活力、いわゆる駒澤力を身につけているからです。本学には他大学の追随を許さない幾つものすばらしいものをもっております。本学で学んだ皆さんには、専門の学問とともに、社会に向かって誇れるものが、自然と身についているのです。
本学は我が国はもとより世界的に見ても長い歴史と伝統を持つ数少ない大学の一つです。本学の前身の前身である吉祥寺は、今からおよそ550年ほど前に、江戸東京の祖とされる太田道灌によって、江戸城とともに建てられました。そして1592年(文禄元年)、徳川家康が江戸に入城して、3年目、堀の外に出ました吉祥寺の中に学寮(後の旃檀林)ができました。本学の前身です。約420年前のことで、その後、江戸時代の前半の明暦3年、1657年、振袖火事によって吉祥寺?学寮は焼失、駒込?本郷近くに移転しました。
明治期を迎えた曹洞宗は曹洞宗専門学本校を明治15年(1882)、麻布北日ヶ窪、現在の六本木ヒルズあたりの地に開校いたします。一昨年、130周年を迎えました。それから、30年後の大正2年(1913)に駒沢の地に移転してまいりました。昨年が100周年でした。
駒澤大学は420年の歴史を刻み、総合大学としては一番古い歴史をもつ大学だけに、うちにさまざまな物語やロマンを秘めた大学であることを先ずお伝えしておきたいと思います。母校駒澤大学は魅惑に満ちた歴史物語を持った大学です。
さて、前述のような厳しい状況の中に旅立ちます皆さんが、くじけずに、社会に根を張って貢献を果たせると確信できうる理由は、本学の建学の理念に基づいた、教育を受けているからです。
このような伝統と歴史の中で、駒澤大学は、仏教の教えと禅の精神を建学の理念、つまり教育?研究の基本としてきました。この建学の理念は、永きにわたり「行学一如」という言葉で表されてきました。
「行」とは自己陶冶(とうや)、すなわち自分をより優れた人間として育て上げる自己形成のこと、「学」とは学問研究のことです。そして「行学一如」とは、「自分をより優れた人間に成長させることと、学問研究に励むことは一つのことである」という意味です。
「行学一如」は、特に「行」の重要性を教えます。常にアクティブな姿勢で学問研究に取り組む「行」によって、学問研究は本物の「学」として、自分の血となり肉となるのです。高みに登り詰めた姿だけが尊いのではなく、目の前の一歩を大事に踏みしめて行く姿こそが大切であるとします。努力する今の姿が尊いのです。皆さんには、この建学の理念がしみ込んでいるはずです。これからもこの建学の理念である「行学一如」を実践し、アクティブな「学」を続けていって欲しいと思います。
さて、我が国では戦前?戦後を通じて、欧米の文化中心、合理性一辺倒、機械に過剰に依存してきた近代主義の時代、経済偏重がまかり通ってきました。このような中で、禅?仏教の文化は後方に押しやられてきた感がありました。しかし、日本内外の政治?経済の不透明、西洋文明の行き詰まり、社会不安の中で、人工物?機械の限界を見極め、一旦立ち止まって自分を見つめ直し、一息ついてから力強く歩み出すという、自然と調和して生きる禅?仏教の精神が重んじられるようになってきました。
「美しい日本」「おもてなし」?「和食」が世界の注目を集めているのも無縁ではありません。グローバル化の中、世界の人々とともに活動していく上で、語学力、コミュニケーション能力を身に付けておくことは当然の事でありますが、私たちが日本の良さや日本文化を理解しておくことは極めて重要なことでありましょう。
「おもてなし」の根底には禅?仏教の慈悲、すなわち、「思いやり」や「いつくしみ」の精神があります。また、「和食」もシンプルで、清潔感あふれ、穏やかな、真心のこもった料理というイメージがあり、禅の精神に連なるものがあります。
まさしく、禅?仏教の大学で学んだ私たち?皆さんの時代だといっても過言ではないでしょう。大いに自信を持っていただきたいと思います。いまや、禅は世界の注目を集めています。皆さんは禅の最高峰の大学で、一番大切な精神を学びました。大いに自信を持って下さい。
最後に道元禅師の「愛語」という言葉を紹介いたしましょう。優しい言葉のことです。愛語というのは、まず慈愛の心を起こし相手の気持ちを察して優しい言葉をかけることであります。面と向かって「愛語」を聞けば、喜びが顔に表れ、心が楽しくなります。面と向かわないで、間接的に「愛語」を聞けば肝に銘じ、魂に銘ずる。魂に響くほどの喜びが沸いてくるというのです。また「愛語には回天の力あり」、愛語には物事すべてを好転させる力があると述べています。この人に優しい言葉をかけるという、「愛語」の活用も実践してみてください。物事万端がきっとうまくいくことでしょう。
これまで、様々なことを述べてまいりましたが、これらの多くは、駒澤大学の中で、皆さんが耳にし、体にしみ込ませてきたことであります。皆さんの卒業にあたり、あらためて、申し述べてみました。まず、駒澤大学が歴史ある大学であり、日本文化の根源に「禅」があり、その「禅」の大学で学んだことに誇りをもち、そして、建学の理念の「行学一如」と「愛語」を実践していただきたいと思います。ともかく、駒澤大学で学んだことを誇りにして、胸を張って堂々と生きていってほしいと思います。駒澤大学は卒業生の皆さんを応援しております。皆さんも苦しいとき楽しいとき、本学を訪れてきてほしいと思います。また、全国に21万人の同窓がいます。人と人との絆を大切にする方々ばかりです。年に一度、秋にはホームカミングデーも開かれます。母校を訪れてほしいと思います。
最後に一つだけお願いがあります。それは、今日まで、一心に皆さんの成長を願ってこられた保護者やお世話になった方々に一言御礼を申し上げてください。
それでは、最後となりましたが卒業生の皆さんのご健康とご活躍を祈念申し上げまして、式辞といたします。本日は誠におめでとうございました。
平成26年9月20日
駒澤大学長 廣瀬 良弘