建学の理念
はじめに
私立学校(学校法人)は、それぞれの学校の憲法ともいうべき「寄附行為」において、設立の目的と教育の基本方針を定めています。それが「建学の理念」です。
日本の高等教育は、私立学校の教育を受ける学生の割合が、他国に比して高いことが特徴のひとつとなっています。私立学校の教育では、教職員は「建学の理念」を明確に意識して教育に当たること、また学生は自らが属する大学の「建学の理念」を良く理解して勉学に励むことが求められています。
旃檀林(せんだんりん)と駒澤大学
駒澤大学の歴史は、戦国時代末期の文禄元年(1592)以前に、江戸駿河台にあった吉祥寺に創設された「学林」にさかのぼります。この「学林」は、江戸時代に入って「旃檀林」と命名されました。「旃檀林」とは、中国の禅僧の著作『証道歌』にある「旃檀林に雑樹なし。鬱密森沈として師子のみ住す(香しき旃檀の林に、雑多な木は生えぬ。うっそうと生い茂ったその林には、百獣の王である師子<獅子>のみが住む)」という一節に由来しています。「学林」を薫り高き旃檀の林にたとえ、そこで学ぶ学生たちを、唯一そこに住むことのできる獅子になぞらえたものです。この「旃檀林」の名は、北原白秋氏の作詞になる「校歌」の中に織り込まれ、現在まで歌い継がれています。
?旃檀林?は、明治15年(1882)に「曹洞宗大学林専門学本校」として近代教育を行う大学林となり、大正14年(1925)には、「駒澤大学」とその名を改め、大学令に基づく大学となりました。現在は、学校法人駒澤大学として、東京の本校のほかに、東京、苫小牧に二つの高校を設置し、各界に多くのすぐれた卒業生を送り出しています。
学校法人駒澤大学の「建学の理念」
学校法人駒澤大学の建学の理念は、「学校法人駒澤大学寄附行為」第三条に、「この法人は、教育基本法、学校教育法及び私立学校法に基づき学校を設置し、仏教の教義並びに曹洞宗立宗の精神に則り、学校教育を行うことを目的とする」と規定されています。それは紀元前五世紀頃、釈尊(釈迦牟尼仏)によって説かれて後、アジア諸国に広まり、日本の歴史と文化にも大きな影響を与えてきた「仏教」の教えと、鎌倉時代に伝わった「禅」のこころを、現代の高度な専門教育の中で活かしていこうとするものです。「仏教」の教えの中核となるのは「縁起」です。それは、「この世界のすべてのものは、必ずなにかの条件(原因)に依存しており、単独では存在しえない」という考え方です。
この「縁起」を正しく理解することを「智慧」と呼びます。自らの生き方を通して「智慧」を獲得することが、仏教を信ずる人の実践目標となります。また、?智慧?は必ず他者への慈みの心へと展開すべきものとされています。これが「慈悲」の心です。大乗仏教では、この慈悲の心が特に重要視されます。
この「智慧」も「慈悲」も、自己を離れては存在しません。そこに、ありのままの自己を見つめる「禅」のこころが活きてきます。禅は、中国において、日々の生活の中の「行為」を仏教の実践そのものと意味づけました。むしろ「日常を離れて仏の世界はない」と考えたのです。その教えは、鎌倉時代、道元禅師(高祖)によって日本に伝えられ、曹洞禅として花開くことになります。「禅」は一般に「自力救済」と評されるとおり、自らの道を自らの努力によって切り拓いていこうとするものです。道元禅師は、この実践を、「身心学道(身と心がひとつとなった学び)」と表現しました。しかしそれは、けっして自分たちだけの価値観に閉じこもることではありません。曹洞宗の教団組織の基礎を築いた瑩山禅師(太祖)は、道元禅師の教えを踏まえて後継者の育成に努め、社会の変化に柔軟に対応しつつ教えを広めていきました。
学校法人駒澤大学は、「一仏両祖」の教えを受け継ぎながら、未来を見据え、時代に適した柔軟な知性と、それを社会に活かす実践力を身につけた人材の育成を目指しています。
?信誠敬愛?と「行学一如」
学校法人駒澤大学の「建学の理念」を簡潔に表現するものとして、「信誠敬愛」や?行学一如?の言葉が用いられています。これらはともに歴史的背景の中で生まれ、使われてきた言葉です。
今日の立場からこれらの言葉を定義すれば、「信誠敬愛」の「信」は、教えを信じ、また自らを信じること、「誠」は、その信念に基づいて誠実に努めることを意味します。また「敬」は、自分自身と他者の尊厳を明確に意識し尊重すること、「愛」は、慈愛の心を持って自己の学びを周囲へ還元していくことです。
また、?行学一如?は、自らを高めるための「学び」と、それを慈しみの心をもって積極的に社会に活かしていく「実践」とは、一体であって別のものではないことを意味します。
道元禅師(1200年~1253年)
『正法眼蔵』95巻等を著し、中国から日本へ「正伝の仏法」を伝え、曹洞宗立宗の精神を明らかにした。越前(福井県)に永平寺を開創。曹洞宗の高祖。
瑩山禅師(1264年[一説に1268年]~1325年)
多くの弟子を輩出し、民間布教にも力を注ぎ曹洞宗の教団組織を確立した。能登(石川県)に永光寺?總持寺(明治時代に神奈川県横浜市に移転)を開き、今日の曹洞宗の基礎を築いた。曹洞宗の太祖。
曹洞宗では、釈尊と道元禅師と瑩山禅師を「一仏両祖」として仰ぎます。